日本は所得を「逆分配」してるのか?

池田信夫先生の最近の記事、元のニューズウィークの記事は特に問題ないと思うのですが、その補足として書かれたこちらの記事は、言いたいことと内容がちぐはぐになっています。特に、太田氏の論文として引用されている内容が、結論と一致していていないのです。

太田氏の論文として引用、言及されている内容は「日本は所得の再分配をしているが不十分。諸外国と比べるとその程度が低い」ということです。いろいろ書いてあるが、基本的にはこの線を出ていません。特定の問題に焦点を当てたときに、逆再分配になっているということについては、池田信夫氏の別の記事等で述べられているわけですが、少なくとも太田氏の論文への言及からはそのことは分からない構造になっています。大きく見れば、所得の再分配は行われているというのが結論になるはずです。

一方、池田信夫氏が「逆分配」と言うのは以下の状況です。

日本の社会保障は、その再分配の7割以上が老人福祉にあてられているため、所得の低い人に高い人の所得を再分配する機能をほとんど果たしていないのだ。高齢者の所得は低いが、家計貯蓄の7割近くを60歳以上がもっているため、これは貧しい勤労者から豊かな高齢者への逆分配になっている。

前半で言われているのは「部分的に所得の再分配がうまく行われていない状況がある」という話、後半(太字部分)で言われているのは、「所得の逆分配」ではなくて「資産の逆分配」がされているという話です。前半と後半で別のことを述べているのです。

まとめると以下の通り。

  1. 所得に関しては全体として再分配になっているが、諸外国と比べるとその程度が低い(太田氏の論文)
  2. 所得に関して、一部に逆再分配になっている状況がある(池田信夫氏自身の別の記事等)
  3. 資産に関して逆再分配になっている。

ところが、記事全体としては、「所得の逆再分配を見直すべきだ」という結論になっています。つまり、1は結論の背景になってはいても、論拠にはなっていません。また、3は結論と無関係です。2だけが結論を支える重要な論拠なのです。

ということで、池田信夫氏の記事の間違いは以下の2点ということになります。

  • 太田氏の論文から「所得の逆再分配」などという結論は得られないのに、あたかもそうであるかのような書き方をしている。
  • 「所得の逆再分配」は部分的にしか成り立っておらず、記事全体で言えているのは、「部分的に所得が逆再分配される状況がある」ということと「資産の逆再分配」されているということに過ぎない。しかし、これを「所得の逆再分配」と名付けている。

たしかにこの記事、経済学部の大学生向けに、論理的思考のトレーニングの課題として最適です。おそらく、そういう教育的配慮で、この記事を書いていらっしゃるのでしょう。いつも経済学者を辛口に批評される池田信夫先生が、「所得」と「資産」を混同されるはずがありませんから。

ちなみに、結論自体を否定するつもりはありません。結論に至る論理展開に、必要のないものがたくさん混入しているという指摘です。念のため。